ごんちゃんの温泉大国計画

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【仕事と待遇を諦めているのじゃなくて楽しんでいる】

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こんにちは、ごんちゃんです。

 

富山へ旅してきました。

 

 

そこで出逢った人達はみんな富山で仕事をしていました。

 

関西出身で富山に配属された人、もともと富山出身でずっと富山で仕事している人、富山で根付いて働く人、たくさんお会いしました。

 

そのなかで気づいたことを書き記しておこうと思います。

 

 

 

きっと飛び出したいんだろうなと思っていた

 

 

 

これは僕の感覚であり偏見だったのですが

 

 

「大阪とか東京出身で、配属が富山だったら刺激が足らなくて、こんなとこ早く飛び出したい!色んなことしたい!」

 

 

って思うんじゃないかなって考えていました。

 

 

でも実際はそんなことなくて、富山での生活を彼らなりに素直に楽しんでいました。

 

 

 

平日は朝から晩まで仕事。休みの日はゴルフ行って銭湯入ってゆっくりして帰る、など、

 

 

 

いわゆる日常の心地良いルートが出来上がっていました。

 

 

いつも同じヒト、場所、やるコト、感覚。

 

 

まさに「大人になる」という表現がぴったりな感じがしました。

 

 

 

僕は素直に、すごいなと思いました。

 

 

 

今でも僕はなんやらかんやら可能性を諦めきれず手を出している状況。

 

 

それもいいことなんだけど、その友達はじっくりと富山に地に足をつけ仕事をしている。

 

 

ただ会社に配属されただけの場所なんだけど、そこでしっかりと日常の楽しさを作り出している。

 

 

大人だなぁ すごいなぁって

 

僕は思ったわけです。

 

 

 

 

 

「あんたは、富山に骨埋めるが?」

 

 

 

今富山に住んでいる、大学時代の濃い繋がりのある友達に案内してもらって「海王丸パーク」という場所に行ってきました。

 

 

そこは丘を登ると日本海を一望でき、無料で望遠鏡を覗くことができます。

 

 

力強く通り抜ける風がとても心地よく素晴らしい場所でした。

 

 

 

その入り口で「ソフトクリーム売りのお姉さん(おばちゃん)」がいました。

 

 

 

駐車場とパークの境目が曖昧なその広いコンクリートの場所に物品販売の建物があり、その看板娘のような立ち位置でお店がありました。

 

 

 

閑散とした広場を歩き、一つ二つしかないお店を横目に通り過ぎていくと少し遠くなったそのお店から「ちょっとお兄ちゃんらアイス食べていきな!」と声をかけられました。

 

 

「あとで買いに行くわ!」と二人して言っていたのですが、あとでは買わないな、と思い、引き返して買いに行くことにしました。

 

 

 

 

「あんたらも学校のサボりか?平日のこの時間に」

 

「いえいえ違います社会人です~。僕が富山で仕事しててこっちは大学の時の友達で関西から遊びに来てくれてるんです~」

 

「ああそうなんか~」

 

 

という感じで話は進みました。

 

 

そしてソフトクリーム売りのおばちゃんが「ほんであんたは富山に骨埋めるが?」と友達に聞きました。

 

 

 

 

 

「骨を埋めるが?」

 

 

 

このフレーズがその時の僕にとって、なんだかすごく重く、ズッシリと響きました。

 

 

 

その質問に軽やかに「うん、そのつもり!」と軽く返す友達がいました。

 

 

 

…えええーー!つい数年前まで関西で一緒に活動的に動いていたのに、そんな簡単にいいのーー!?

 

 

って心の中で騒ぐ僕を抑えながら、それでも進む話に置いてけぼりになりながらも会話を聞いていました。

 

 

 

しかし帰りの車でも気になりすぎて、ずっと引っかかっていたのでやっぱり深く聞こうと思い、

 

 

 

「さっきさ、富山に骨を埋めるって言ってたけどさ、そんな感じなん?」と関西に未練がある前提で聞いてしまいました、が

 

 

 

 

「俺はずっと富山でもいいと思ってるよ」

とその言葉のままのそのテンションで話す彼がそこにいました

 

 

 

 

 

 

「あ、そうなんか」

 

 

 

 

 

って素直に納得してしまいました。

 

 

 

 

そのくらい彼の言葉がそのままで、今の生活を普通に楽しんでいるように聞こえました。

 

 

 

 

彼にとって富山は、もうただの「会社から決められた配属先」ではなく

仕事があって住んでいる場所がある、「生活の拠点」になっていたのです。

 

 

 

 

「生活の拠点」という言葉が自分の中に出てきた上、その言葉が自分の心の空いた箇所にポコっと入った気がして、とてもしっくりきました。

 

 

 

 

刺激のある生活と固定した幸せ

 

 

 

一方で都会にいると、またSNSで溢れる情報を取得し続けていると、ほんっとうに色んな価値観があって、様々な働き方があって、生き方があることがわかります。

 

 

そのなかで自分には何が合うのか、何をすれば自分にとって一番相性良く幸せになれるのか、選択肢が多すぎて迷ってしまいます。

 

 

その分たくさんの幸せの形を知れるわけですし、あらゆる種類の幸せを得られる可能性があります。

 

 

 

なにをえらび、どれにすすみ、どこで、どんなしあわせを手にするか

 

 

 

きっと100%はなかなか見つからなくて、7割8割9割を進めて行くなかで「こっちだッ!」と見える世界が形成されていくのではないかなと思います。

 

 

 

自分にとっての一番の幸せって、本質的にはずっとわからなくて、それでもただ自身の想いを感じ、これだ!と想うものに向かって進んで行く。

 

 

 

ひたむきさと、肯定しながらすすむ前向きさ。

 

 

 

 

この二つを大事にしながら今日も進んでいこうと思います*