ごんちゃんの温泉大国計画

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荒れた中学時代、頑張る奴は目をつけられた

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こんにちは、ごんちゃんです。

 

 

今回は、僕の体験した中学時代について語ろうと思います。

 

 

 

 

授業崩壊した音楽の授業

 

 

「授業崩壊」って知ってますか?

文字通り、授業が崩壊することですが、それは私語が多いとか、そんなレベルではありません。

 

自由に歩き回ったり遊びだしたり、教室から脱走して、授業が全く進まなくなることです。

 

 

これが僕の中学時代、横行していました。

もう中学生なのにね。

 

 

 

 

音楽教室は校舎の3階にありました。

 

 

授業開始のチャイムが鳴っても3分の1くらいの人は来ません。

 

開始5分後くらいからぞろぞろ来ます。

 

一番最後のやつは開始20分後スタートくらいです。

 

 

先生も5分後くらいに来る奴にはその場で説教します。改善の余地ありと見込んでいるのでしょう。

 

 

しかし最後の奴にはもう諦めて何も言いません。何度言っても変わらないですし、毎回説教で時間を大幅に使ってしまうからです。

 

 

その時間があれば、目の前にいる大多数の生徒に教えるほうが、授業としての効率がいいというものです。

 

 

 

しかし、この最後に来る奴がこの授業崩壊を大きくしていくのです。

 

 

 

 

当時流行った消しゴム飛ばし

 

 

中学生の頃、流行った遊びがこの消しゴム飛ばし(授業中)です。

 

 

授業中以外の時間では全くしません。

授業中にするから面白いんでしょうね

 

 

遊び方は、自分の消しゴムを少しもいでカケラにし、それを真面目に聞いてる奴に投げるという遊びです。

 

 

当てられた奴が気にするのが面白くて、何度も何度も投げています。

 

 

音楽教室には、左右壁際になんとギターがずらっと並べられていました。

 

数年前、音楽にアツい先生が授業で教えるために校長に頼み込んで買ってもらったものだそうです。

 

 

まあ、僕らは全く使わせてもらえませんでしたが。

 

 

その並べられたギターに、しばしば消しゴムのカケラが飛んできて、ギターの弦をボローンと鳴らしていました。

 

 

 

想像してください。

 

静かな教室にギターの弾く音が突然聴こえる…

 

 

まさに怪奇現象ですね。

 

 

その度授業は止まりました。

 

 

 

 

 

合唱を一度もしなかった合唱の時間

 

 

音楽の授業といえば合唱と言っても過言ではないのではないでしょうか。

 

 

僕らは合唱の時間に全員で合唱したことが一度もありません。

 

 

合唱ってパートがあったと思うんです、

ソプラノ、アルト、テノール、(バス)

 

まずはこのパート毎にCDを流して聴いて練習していました。

 

 

女子がソプラノ、アルト。男子のほとんどがテノール。

 

 

女子ソプラノはそのパートの曲を流しながらお喋りしていました。

 

女子アルトは唯一真面目に練習していました。

 

男子テノールはというと、先生が用意したCDを抜いて、自宅から持ってきた「UVER world」のCDを音量MAX大音量で流して歌ってました。

 

見かねた先生は何度もCDを元の合唱曲のものに差し替えましたが、負けじと何度も「UVER world」に差し変えていました。

 

 

校舎内にイケイケな音楽が鳴り響く…

本当に迷惑な授業妨害ですよね、そんな風に使われるアーティストもかわいそうです。

 

 

そんなだから、先生も真面目に取り組む子をこっそり呼んで、音楽準備室という狭い空間で歌の練習をさせました。

 

 

なぜ真面目に頑張る生徒があんな狭い空間で歌の練習をしなければならないのでしょうか

 

 

それでも年に一度の音楽会(文化祭)に向けて、クラス全体で合唱があったので、みんなピアノの周りに集められて歌の練習をしました。

 

みんなかろうじて歌っています

 

でもやはり一番タチの悪い奴がそれを妨害してきます。

 

 

ピアノの後ろにある黒板に先生の悪口を書きます。

 

それでも収まらず、先生の弾いてるピアノの鍵盤をぐちゃぐちゃに弾いて曲をめちゃくちゃにします。

 

なぜか大笑い。笑わない奴は「なんやねんお前」とメンチ切られます。

 

 

そんなだから、真面目に頑張る奴は目をつけられていました。

 

 

 

ナイフみたいにキレる男

 

 

ある日、美術の授業終わり、ひとりの生徒がある危ない生徒に口出しをしました。

 

 

「お前のやっていることは幼稚でバカだ」

 

 

そしたらそいつは誰も見ていないところで首を絞められ、一時意識不明の状態になっていました。

 

 

今思えば、そんな輩を学校内に居させておくなんて、まさに更生施設みたいだな、と思いますが、きっとそうするしかなかったのでしょう。

 

 

でも僕はその首を絞めた張本人のことが好きでした。同じテニス部で、自分のプレーでイラつくとすぐにラケットを投げて感情表現をします。

 

 

そいつのラケットは常に異様な形に曲がっていて「バナナラケット」と呼ばれていました。

 

 

そいつはすぐにキレる奴だったけど、熱いところは熱くて、仲間想いで、ノリがすごく面白かった。

 

 

だから、そいつのいいところが伸ばせる環境にいれればもっとある意味「トガらせる」ことができたのではないかなと思います。

 

 

 

 

学校が作り出す雰囲気

 

 

学校って、特に公立の義務教育って、受けさせられる義務があるから、否応無しに地域のティーンエイジャーが集められ、集団で教育を受けさせられます。

 

 

そこには個性を光らせ伸ばす、なんてことは建前の一部にしか過ぎなくて、まとめやすいように同調圧力をかけます。

 

 

それによって、抑えつけられる環境の中で、声やケンカの強い奴の特徴が現場レベルでは勝って、全体の雰囲気がそっちに流されます。

 

 

先生方も、そういった荒れた生徒たちを押さえつけるのに必死で、ひとりひとりの生徒の内に秘めたアツさや個性を引き出すことに労力を割くのは非常に困難です。

 

 

そんな環境だから、おとなしい生徒はそのまますくすくと優等生像を歩み、自分という何か心の奥底にある根源的なモノを置き去りにして大人になっていきます。

 

 

それが今になって「そんなにアツくなって努力するのはカッコ悪い」といった様な、ある種の諦めの感情が染み付いてしまいます。

 

 

それが大人になって、モヤモヤする場面に変わります。周りの雰囲気や意見が物凄くアツくなっても、そいつらと一緒にアツくなる方法がわからなかったり、無意識のうちに熱が冷めてしまってたり、場合によっては「なぜそんなに熱くなる?」とアツい奴の熱を冷ましてしまうこともあります。

 

 

 

抑えつけられて育ってきた今、僕を含む彼ら彼女らはどうしたらいいのでしょうか。

 

 

大人になってからひたむきに真っ直ぐ、アツさを継続し、努力し続けることができるモノって出会えるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

答えはまだ先。

 

人生の長い旅の中で見つけていきましょう。