ごんちゃんの温泉大国計画

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幸せになることの寂しさ

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こんにちは、ごんちゃんです

 

最近幸せです。

 

 

幸せだからこそ、そうじゃなかったときの感覚を忘れたくないなと思います

 

 

今日はそんなことを書こうと思います

 

 

 

 

印象に残っているEXILEのバラードベスト

 

 

高校生の冬は一生EXILEを聴いていました

 

 

バラードが身に染みて、なんとも寂しい感覚を味わっていました…

 

 

 

暗い自分の部屋で、叶わない恋を嘆いて、心の内の寂しさを噛みしめてみる

 

 

なんともいえない「寂しさの充実感」

 

 

寂しい気持ちを代弁してくれるものを見つけ出して、今の自分にぴったりな曲や物語を探す旅に出る

 

 

そんな自己内省の活動が、心地よかった

 

 

もしかしたら、幸せになるのをおそれていたのかもしれない

 

 

寂しさの中にいる自分が心地よくて、愛されたり深く干渉されたり、そういうことをされると、どこかほんとうの自分の弱みをさらけ出されるような気がしていたのかもしれない

 

 

それを避けていたわけじゃないけど、自分から愛したり、幸せになろうとする意志や動きはなかったように思う

 

 

 

 

彼女と手を繋いで歩いた夜の公園

 

 

時は数週間前まで巻き戻る

 

僕には付き合って1年以上になる彼女がいる

 

 

付き合った当初から濃い繋がりを感じていて、お互いの得意なことや人間的に弱い部分までさらけ出し合った濃いお付き合いをしている

 

 

今まで付き合ったヒトのなかで一番安心感があって大切な存在だと思える

 

 

 

 

 

今までの僕は、そんな人に出会えるなんて思ってもいなかった

 

 

「自分のことを本当の意味で理解してくれる人は、この世にはいない」

 

 

と本気で思っていた

 

 

 

でもそれは逆に言うと

 

「自分のことを本当の意味でさらけ出しても理解してくれる人はいない」

 

 

と思っていた、ということ

 

 

 

自分から、愛したり、さらけ出したり、心をオープンにすることをしてこなかった

 

 

 

 

 

彼女は、その「障壁」ともいえる僕の感覚を、一緒に優しく核心を突くようにこわしてくれた

 

 

 

 

今では僕にとって彼女は、ずっと一緒にいたい大切な存在だと思える相手になった

お互いにそうであったらたまらなく嬉しく思う

 

 

 

 

 

 

あの日、手を繋いで歩いた公園の夜、こころあたたかい繋がりを感じて、「幸せだな。」と思った。

 

 

 

 

 

あの日には戻りたくない、けどもう戻れない、という寂しさ

 

 

 

 

かつて僕が大切に味わっていた「寂しさ」

 

 

 

あの独特の、ひとりで生きているような、これからも誰とも深く交わることのないような、愛なんてコトバも知らないまま生きていくような、今では愛おしい感覚…

 

 

それが、今の彼女を手放すような大失恋をしてしまったらまた再沸するわけだけど

 

 

そんなことはしたくない。

 

 

断じてしたくない。

 

 

させてたまるか!!

 

というくらいに愛し、大切にしている

 

 

 

だからこれからも幸せであり続けるんだろうと思う

 

 

 

 

 

だけどあのときの感覚は忘れたくない

 

忘れてはいけないように感じる

 

 

 

そう感じるのは、これから出逢うヒトを救うためかもしれないし

 

 

より今の自分たちの傍らにいる人たちとの幸せを共有するための、布石かもしれないんだと思う

 

 

 

 

いつまでもずっと自分の中で大切にしたい感覚は、きっとまたいつか舞い戻って、ヒトを幸せにするためのあたたかい要素になるんじゃないかなぁと…

 

 

 

そう感じました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまいっ